ラップ名曲(歴代)

ヒップホップ名曲ランキング

ヒップホップ音楽(ラップ)の名曲ランキングです。世界の歴代のラップ曲(洋楽)の中で、最も優れた曲のトップ10。 イタリアのファッション・ブランド「DONDUP(ドンダップ)」が運営する情報サイト「D360」が、2017年に選出しました。 他のランキングに比べて、一般のファンに好まれやすい曲が上位にきています。 1980年代の半ばまでのヒップホップ初期の曲は順位がやや低めになっています。 1位はエミネムの「ルーズ・ユアセルフ」です。

順位 曲名、発売年、動画 アーティスト 解説
「ルーズ・ユアセルフ」
(Lose Yourself)

2002年

公式PV

歌詞と和訳

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エミネム
(Eminem)
ヒップホップ史上最も売れたアーティストであるエミネムの代表作。 自身のデビュー前の苦難の時代のイメージを基に描いた映画「8マイル」の主題歌としてリリースされた。 魂を鼓舞するインスパイアリングな曲として愛され続けている。

歌詞(ライム)のメインのフレーズである「You better lose yourself in the music」とは、 「すべてを忘れて音楽に没頭しろ」という意味だと解釈されている。 苦境に立たされた自分に対して、ラッパーとしてブレイクするべく「チャンスをつかめ」と叱咤している。

作詞・作曲はエミネム。 「8マイル」の撮影現場で書いたという。 (作詞に使ったメモ書きが映画のシーンでも登場する)。 撮影現場に持ち込んだ仮設スタジオでレコーディングを重ね、 撮影後に入念に楽器の音を取り込み、完成度の高い楽曲に仕上げた。

ギターの音が効果的に使われるなど、 ロック的な要素もあり、ラップを聴かない層にも支持された。 緊張感のあるスリリングなサウンド。 全盛期のエミネムのたたきかけるような鋭いラップが光る。

商業的に大ヒットし、 世界20か国で1位を記録。このうちアメリカでは12週連続で1位を維持した。 歴史上最も売れたヒップホップの曲になっている。

ヒップホップの曲として初めてアカデミー賞の歌曲賞を受賞。 また、グラミー賞では、主要部門である最優秀レコード賞と楽曲賞にノミネートされた。
「ジューシー」
(Juicy)

1994年

公式PV

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ノトーリアスB.I.G.
(The Notorious B.I.G.)
ノトーリアスB.I.G.(愛称ビギー)のソロアーティストとしてのデビュー曲。 ヒップホップがロックを超えるメジャーな存在感となった1990年代において最高のラップ曲とも言われる。 細部にわたって質が高く、 ラップ・ソングが完成形となり、ポップ・ソングへと昇華したとも評価されている。

貧乏だった子供時代から、麻薬取引などの犯罪に手を染めた時代を経て、音楽ビジネスでの成功までを綴ったビギーの自叙伝的な歌詞。 世界のラッパーやファンに夢を与えた。

独立したばかりのパフ・ダディ(当時ショーン・コムズ)がプロデュースを担当した。 米西海岸に押され気味だったニューヨーク(東海岸)のラップが勢いを取り戻す一つのきっかけともなった。 ファンクバンド「エムトゥーメイ」の曲「Juicy Fruit」を元ネタとしてサンプリングされている。
「ストレイト・アウタ・コンプトン」
(Straight Outta Compton)

1988年

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N.W.A
(エヌ・ダブリュー・エイ)
1980年代後半に誕生し、西海岸を代表するヒップホップグループになったN.W.Aのデビュー曲。 曲名の意味は「モロにコンプトン出身」。 コンプトンはロスアンゼルスの南に位置し、当時アメリカで最も治安が悪い都市の一つとされた。 いわゆるギャング系ラップの先駆け的な曲であり、アイス・キューブやイージーEらメンバーが「俺たちヤバイ奴らだよ」と吠えまくっている。 ストリート文化のゾクゾク感や緊迫感を体現した名曲である。 発売当時はラジオで放送禁止となったため、ヒット曲にはならなかったが、この曲を含む同名のデビューアルバムは当時の若者に絶大な支持を受けた。 2015年にN.W.Aのストーリーが映画化された際に、映画の題名にもなった。 映画は大ヒットし、この曲も再び脚光を浴びた。
「ナッシング・バット・ア・Gサング」
(Nuthin' But a ‘G’ Thang)

1993年

PV

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ドクター・ドレー ft スヌープ・ドッグ
(Dr. Dre ft Snoop Doggy Dogg)
N.W.Aを脱退したドクター・ドレーのソロとしての最初のアルバム「The Chronic」から出た最初のシングル。 デビュー前でまだ無名だったスヌープ・ドッグを近所のパーティで見つけたドレーは、ラッパーとしての才能に驚き、早速この曲でコラボした。 ラップとR&Bが融合し、メロディのあるグルーヴ満載の曲。 フローが冴えわたる傑作として評価されている。 シンセサイザーや生楽器を使ってファンキー感を出す「Gファンク」の代表的な歌でもある。 Drドレーは、この曲をはじめとする「The Chronic」収録曲によって、Gファンクの父親のような位置づけになった。(「G」はギャングの略)
2人の若きギャングスタ(チンピラ)ラッパーが、軽快にほえる歌詞。 ドレーの出身地のコンプトンと、スヌープの出身地のロングビーチが登場する。

全米ビルボード2位のヒットとなり、 年間チャートでも11位に入った。 ヒップホップをメインストリームへと導いた曲の一つとされる。 元ネタ(サンプリング曲)は、ファンク歌手レオン・ヘイウッドによる1975年のヒット曲 「I Want a Do Something Freaky To You」など。
「ドロップ・イット・ライク・イッツ・ホット」
(Drop It Like it's Hot)

2004年

PV

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スヌープ・ドッグ&ファレル・ウィリアムス
(Snoop Dogg、Pharrell Williams)
舌打ちを使ったシンプルな音づくりが注目された。 全米で3週連続1位のヒットとなった。 スヌープにとって初の1位。
「シュア・ショット」
(Sure Shot)

1994年

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ビースティ・ボーイズ
(Beastie Boys)
ラップになじみがない人にも愛されている曲。 1980年代から白人ラップの先駆けとして活躍してきたビースティ・ボーイズの異才が輝く。 ジャズのフルート奏者ジェレミー・スタイグの演奏が全面的にサンプリングされており、フルートの音色が流れるような心地よい曲調を生み出している。 (ネタ元となった曲は「Howlin' For Judy」) ちなみに、スタイグは、日本人の妻を持ち、亡くなるまでのシニア時代を横浜で暮らした。 自分がサンプリングされたときは「宝くじを当てたような感覚だった」と想起していたという。 この曲がけっこうな収入源となったようだ。
「イン・ダ・クラブ」
(In Da Club)

2003年

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50セント
(フィフティ・セント)
50セントの最初の大ヒット作であり、代表作。 彼の才能に可能性を感じたエミネムによるバックアップと、その盟友Drドレーのプロデュースによって実現したスタジオアルバム「Get Rich or Die Tryin'」からのファースト・シングル。 「抗しがたい最高のパーティーソング」として評論家やメディアから称賛された。 ホーンの音が印象的。
全米ビルボードで9週連続1位。 2003年の年間チャートでも1位に輝いた。 ヨーロッパでも11か国以上で1位を獲得。 麻薬売買に手を染めるニューヨークのチンピラ(ギャングスタ)から、 ラッパーとして這い上がってきた50セントは、 この曲で一気に時代の寵児になった。 後に自ら主演する自伝映画の主題歌にもなった。
「カリフォルニア・ラブ」
(California Love)

1995年

PV

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トゥーパック ft ドクター・ドレー
(2Pac ft Dr Dre)
1990年代を代表するラッパーの一人、トゥパックの最大のヒット曲。 性犯罪で刑務所に服役していたトゥパックの復帰第一弾として制作・発表された。 ドクター・ドレーがプロデュースし、アーティストとしても共演している。 ファンキーなグルーブ感とビートが魅力。 歌詞では、トゥパックが保釈されてシャバに出たことを祝っている。 牢屋から解放された喜びがあふれており、 ブランクを全く感じさせない勢いのあるナンバー。 カリフォルニアの地名が多く登場する。

「How Do U Want It」との両A面シングルとして発売され、全米1位に。 売上枚数は200万枚を超えた。  
「ギャングスタズ・パラダイス」
(Gangsta's Paradise)

1995年

PV

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クーリオ ft LV
(Coolio ft L.V.)
ラッパーのクーリオと、歌手L.V.の共作。 クーリオが自らのチンピラ(ギャングスタ)人生を振り返り、 そのむなしさを嘆く歌とされる。 メロディアスな曲であり、 ヒップホップであるとともに、ソウルと位置付けられる。 ヒップホップに馴染みの薄かった層からも好まれ、 ラップのリスナー基盤を広げることに貢献した。 全米ビルボードの1995年の年間チャートで、1位となった。 全世界600万枚以上売れており、ラップ曲として史上最も売れた曲の一つ。 スティービー・ワンダーの1976年の「楽園の彼方へ」(Pastime Paradise)をサンプリングした。 グラミー賞の最優秀レコード賞にノミネートされた。
10 「ファイト・ザ・パワー」
(Fight The Power)

1989年

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パブリック・エナミー
(Public Enemy)
11 「ボーイズ・ン・ザ・フッド」
(Boyz-n-the-Hood)

1987年

歌詞付き

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イージーE
(Eazy-E)
N.W.AのボーカルのイージーEのデビュー曲。 西海岸のギャングスタ・ラップの初期の傑作の一つとされる。 N.W.A結成から間もないころ、 創設メンバーのDrドレーが、 ラップを歌ったことがないイージーEにほぼ無理やり歌わせたという。 2日間にわたって歌い続け、それをDrドレーが一行ずつつなぎあわせて、出来の良いラップに仕上げた。 イージーEのユニークでインパクトの強い声が光る。
作詞はN.W.Aのアイス・キューブで、 高校2年のときに書いたという。 同じ西海岸の先輩のラッパーであるアイスTが1986年にリリースした曲「6 in the Mornin'」がベースになっている。 その「6 in the Mornin'」は、 「元祖ギャングスタ・ラッパー」とも言われるフィラデルフィアのスクーリーD(Schoolly D)からインスパイアされたと、アイスTが語っている。
12 「マイ・ネーム・イズ」
(My Name Is)

1999年

公式動画→

動画(和訳付き)→

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エミネム
(Eminem)
エミネムの実質的なデビューアルバムである『The Slim Shady LP』の冒頭を飾る。 エミネムの自己紹介のような歌である。 当時、世間に与えた衝撃度は極めて大きい。 白人ラップが市民権を得るきっかけととなった曲として評価されている。 グラミー賞のラップ部門(ソロ歌唱賞)を受賞した。

エミネムを発掘したドクター・ドレーは、 最初にデモテープを聞いたとき、 この曲に衝撃を受けた。 エミネムと最初にスタジオに入ると、 わずか1時間でこの曲を仕上げたという・

ユーモアたっぷりに自己卑下をした歌である。 エミネムが別人格として位置づける「スリム・シェイディ」が主人公。 精神的に不安定な自分自身の対処に困っている男を描いている。 この男は、自分の名前を教えたくてうずうずしており、 「俺の名前は・・」と騒ぎまくる。
13 「99 Problems」
(99プロブレムス)

2004年

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Jay-Z
(ジェイ・ジー)
ジェイZの私生活や考えを歌いながら、 「オレは山ほど問題(99 Problems)を抱えているんだよ。女どころじゃない」と言っている。 問題の一つは警察。 デビュー前の1994年、車にコカインを載せて運転しているときに、警察に停められた。 車内を捜索されそうになったが、ジェイZは拒否。 警官は警察犬を呼んだが、来なかったため、捜索や逮捕を逃れた。 この経験をもとに、警察の人種差別的な姿勢を批判している。 このほか、自分を正当に評価しない音楽評論家やメディアを攻撃している。
ギターのリフが巧みに生かされており、 1980年代の著名なロックの曲からもサンプリングさている。
すぐに大ヒットとはならなかったが、 批評家から称賛され、 ファンからも強い支持を受けた。 ローリングストーン誌は、2000年代の偉大な曲ランキングで2位に選んだ。
14 「シュック・ワンズ・パート2」
(Shook Ones (Part II))

1994年

動画→
モブ・ディープ
(Mobb Deep)